胸の痛み、腕のだるさが主訴の症例。心の病や不安神経症ではなく、更年期障害からの症状

胸の痛み、腕のだるさが主訴の症例。 
(心の病や不安神経症ではなく、更年期障害から来る症状)

患者/四十歳代後半。女性。

主な症状/胸の痛み。腕のだるさ。

症状/胸の痛みは3週間ほど前から。腕のだるさは胸の痛みの一週間後(2週間前)から。
   近隣の整形外科で首、腕のレントゲンをとるも、原因不明。
   紹介された大学病院で胸部のレントゲンをとるも、原因不明。
   近隣の内科で、「不安神経症」と診断され、本人も納得。
   「どうも、胸の痛みよりも、このまま死ぬんじゃないだろうかという不安のほうが大きいような気がする」と言う。
   胸は締め付けられるというか、圧迫されるというか、押しつぶされそうになる感じ。
   腕のだるさは、抜けるようにだるい。

東洋医学的 四診(所見)

脈診/全体的に沈脈。左・右とも寸口部のみ浮。
   脈管は力なくつぶれた印象。

舌診/舌はぬめり気が多い。
   舌の裏に、血管の怒張あり。

腹診/上腹部に硬く拍動を触れる筋の緊張あり。
   左の胸脇部にやや苦満。同部位付近から腹部にかけてスジバリ有り。
   下焦の「寒」はあることは有るが、それほどひどくは無い。図に書かなかったのはそのため。
   「不安神経症」という診断だが、胸の中にあるはずのモヤモヤを感じない。

触診/上半身は熱をもってはれぼったい感じ、ヘソから下は冷えている。
   冷えの自覚症状は無いが、のぼせている感じは、「言われれば有る」と言う。
   ストレスを受けている人に特徴的な、「胃の裏」のコリ感が見られない。

東洋医学的な概念的理解

 脈診は、病が深くに有ることと、身体の上部に熱のあることを暗示している。
 脈診も舌診も、腹診も「脈管は力なくつぶれた印象」以外は納得のいく(合点がいく)情報であるのに、これだけが腑に落ちない。なぜ脈管がつぶれた印象なのか? それほど虚しているわけでもなく、元気が衰えた状態でも無いように感じるのに…。
 舌診は、水毒と血毒を暗示。
 腹診は、胃部に問題あることを示している。下焦の「寒」がそれほどひどくはないので、根は深くなさそうである。
 精神的に苦しんでいる方の中には、上腹部が硬く心臓のリズムと同じリズムで上腹部が拍動している場合もあるが、今回の場合は、それとは違うであろうと判断した。おそらく、胃の関係ではないか・・・。
 触診は、手に直接触れる情報は少ないが、全体的に患者から受ける印象は、「冷え」と「のぼせ」である。

 「心の病」をかかえる患者さんの多くがあらわす症状とさて、胸の中にモヤモヤしたモノを感じる事が多くあります。
 また、胃の裏と呼ばれる背中の部位が硬くコリ、張っていることが多くありますが、この患者さんの場合は感じませんでした。
 よってこの患者さんの場合の、「胸の痛み。腕のだるさ」は、「心の病」から来ているモノではなく、更年期障害から来ているものと判断し、治療を開始する。

 ○(こっち正解) 更年期障害→「胸の痛み。腕のだるさ」→「このまま死ぬんじゃないかと言う不安」。
 ×(こっちは違う)「心の病」→「このまま死ぬんじゃないかと言う不安」→「胸の痛み。腕のだるさ」。

 各種医師の検査の結果、「異常なし」の診断が出ているので、鍼灸治療を開始する。もし、各種医療機関での検査等が済んでいない場合は、医療機関の受診をすすめる事。

治療と経過

初診/某年2月中旬。
 主眼を「冷えとのぼせ」、「婦人科疾患のツボ」として、治療開始。とくに、「更年期障害」を意識する。
 下焦を温め(それほど冷えては無いので、お灸の火力は抑える)、上腹部と頭部から熱を取るような治療をする。
 三陰交穴は必須。陽経のツボは足三里穴をつかったり、陰陵泉穴をつかったり、手では合谷穴を使うなど、その時その時で反応のあるツボを選択する。

治療直後/「身体がぬくもってきて、ぽかぽかする感じ」という。良い感じ。

第二診/3日後に来院。治療は、第一診に同じ。

第三診/1週間後に来院。同上。

第四診/2週間後に来院。同上。

第五診/3週間後に来院。
 第4~5診間に、「2泊3日で温泉に入ってきたので、腕のだるいのがまし」とのこと。
 治療は第一診に同じ。

第六診/4週間後に来院。
 「胸のつかえがましになっている」とのこと。「まだ圧迫されるような感じは残るが、痛みを感じることがなくなった」とのこと。

 この後、だいたい週一回のペースで治療を継続。
 約3ヶ月ほどで、胸の症状は無くなり、「冷えのぼせの症状がきつくなり、がまんできなくなったら来る」というような通いかたになった。
 約一年ほど鍼と灸の治療を続け、かなり症状が楽になった頃から来院しなくなったので、一応、「治癒」としてカルテを閉じる。

感想
 この患者さんは、「胸の痛み」が主訴であったが、その原因は「心の病」ではなく、根本的には「更年期障害」でした。
 第4~5診の間に行った、「2泊3日の温泉旅行」が良かったのか、「心の病」はずいぶんやすまりました。
 この患者さんが本当に「心の病」であれば、温泉旅行程度では諸症状がこんなに早く改善されるはずがありません。
 一時的に症状が良くなったとしても、「心の病」なら、症状はかならずぶり返します。
 「まだ圧迫されるような感じ」が残ったのは、更年期障害から来る症状です。
 ですから、この患者さんの場合、「心の病」の治療=胸や背中の胃の裏のツボばかり治療していても治りません。

 「不安神経症」という診断ですが、表にあらわれてくる症状に惑わされてはいけません。この患者さんの場合は、「更年期障害」です。
  婦人科疾患の代表的なツボと言えば、三陰交と合谷です。「婦人科疾患は、三陰交と合谷しか知らなくても差し支えない」といっても過言ではないくらい有名です。
 上手くこの二つのツボを使えれば、更年期障害を含むほとんどの婦人科疾患は治せます。

20200929/加筆修正