肩関節の可動域制限 

肩関節の可動域制限 
  (肩関節の可動域の制限が、急速に改善された症例)

患者/50歳代後半。男性。

主な症状(主訴)/右肩があがらない(のちに、脳梗塞の後遺症と診断される)。

症状(現病歴)
  初診時の約1ヶ月前に自転車でこけてから、右肩があがらない。
  右肩の自働運動は前方挙上は約90度。側方挙上も約90度。後方の挙上は正常。
  他動運動には、何ら問題なく上まで(約180度)上がる。
  上がらないだけで、痛みはない。

  近隣整形外科では、「肩の腱板断裂」と診断されたが、後に、脳梗塞の時に診てもらった総合病院で精密検査したところ、「腱板断裂はない、脳梗塞の後遺症だろう」と診断される。(後述)

その他の持病など(既往歴)
  初診時の約3か月前に脳梗塞にて緊急搬送、緊急手術。
  約1ヶ月間入院・リハビリをする。
  退院時は、右上肢に軽い近く鈍麻と軽い痺れを感じるものの、発症前とほぼ同じ生活を行える状態になる。

家族歴/特筆すべき事項なし。

東洋医学的 四診(所見)

脈診/脈は浮でも沈でも無いが、やや力づよい印象を受ける。
舌診/舌体、舌苔にはとくに問題を感じない。
   舌下静脈の怒張が顕著。
腹診/右上腹部が硬い印象。
触診/肩関節付近に、とくにこれと言って熱感等を感じない。

東洋医学的な概念的理解(診断)

 脈診の「浮でも沈でも無いが、やや力づよい印象を受ける」のは、体質をあらわしていると考えられます。「やや血の気の多い、パワフルな男性」という印象です。

 舌診の、「舌下静脈の怒張」は「オ血」をあらわしています。「脳梗塞の後遺症」というのもうなずけます。

 腹診の「右上腹部が硬い印象」は、麻痺側の右側肩に近いので、その関係でしょう。

 触診で、「肩関節付近に、とくにこれと言って熱感等を感じない」というのが、この肩の症状を診る上で、一番重要な点です。
 猛烈な熱感があれば、腱板断裂を疑えます。
 「猛烈」でなくても熱感があれば、何らかの炎症を疑えます。
 しかしこの方の肩の場合、熱感がありませんでしたから、腱板断裂や肩関節の周囲の炎症は考えられません。

 おそらく、脳梗塞の後遺症から肩関節が動かしづらかったところに、自転車でこけて右肩を打ち、軽い炎症を起こした。→ しかしその外傷性の炎症が治った後も、脳梗塞の後遺症で肩が動かしづらいので、「肩があがらない」という症状だけのこったと考えられます。

西洋医学的な理解

 後述。

治療と経過

初診  某年1月下旬が初診。
 「腕が上がらない」という主訴ではあるし、近隣整形外科では『肩の腱板断裂』と診断されたが、肩関節付近に熱感を感じない。「なぜだろう?」という疑問を持つ。
 とりあえず、基本的な治療計画は、「あえて肩関節は無視して、腹部や背部のコリをほぐし、東洋医学で言う『気・血・水』のめぐりを良くして、身体を動かしやすくすることによって、肩関節の動きを良くする」という事にした。
 いっけん遠回りの様だが、「急がば回れ」ということわざもある。

 右痞根穴付近の筋張ったコリが顕著。ここが緩むと何とかなるように感じた。(後述)

治療直後
 前方への挙上がプラス30度(120度)になる。
 患者さんに「熱感が無いので、腱板断裂ではないと思う。他の病院で、良く検査してもらって下さい」と言う。

第二診  初診の3日後に来院。
 治療計画は「第一診」に同じ。

第三診  第二診の4日後に来院。
 治療計画は「第一診」に同じ。

第四診  第三診の一週間後に来院。
 脳梗塞で入院した総合病院で肩の検査を受け、「腱板断裂ではない。(脳梗塞の)後遺症だと思う。良く動かして下さい」と言われた。
 医師の診察に納得をする。
 治療計画は「第一診」に同じ。

第五診  第四診の一週間後に来院。
 前方挙上が180度になる。治療計画は「第一診」に同じ。

 この後、だいたい週一回のペースで治療。約半年ほど鍼灸治療を続けた。来院しなくなったので、心配していたが、偶然路上で出会い、「おぉ、先生! あれから肩、いたまへんねん(痛くならないの意)。痛くなったら、また、たのんまっさ!」と自転車でシャーっと走って行った。
 「治癒」としてカルテを閉じた。

感想(考察)

 上でも書きましたが、この患者さんはおそらく、

  ①脳梗塞の後遺症から肩関節が動かしづらかった。
  ②自転車でこけて右肩を打ち、軽い炎症を起こした。
  ③その外傷性の炎症は治ったものの、脳梗塞の後遺症で肩が動かしづらい状態だったので、「肩があがらない」という症状だけのこった。

 と、考えられます。
 こういう場合、いくら肩に治療をしても、治らないばかりか、よけいに痛みが増す場合もあります。

 横田観風著/『新版 鍼道発秘講義』の「中風の症」の章にはこうあります。

 『中風は、血気不足し、風寒暑湿に破られて、中風するなり。筋(すじ)引き攣(つ)り、痛み、或は痿(な)え、竦(すく)み、痺(しび)れ等し、或は目歪(ゆが)み等する類(たぐい)なり。
 先(ま)ず員利鍼にて、手足を多く刺し、痞根、章門の辺(あたり)、穴所に拘(かかわ)らず、肩、背中を浅く、多く刺すべし。
 実なる者は、三稜鍼にて、百会の辺、或は手足の指の間を、軽(かろ)く血を出すべし。
 虚なる者は、手足の穴所に多く灸をすべし。必ず療治早ければ治するなり。』

 まず、「中風」は、脳梗塞の事です。「中風…」以下、具体的な症状を書いています。
 次の、「先ず員利鍼にて…」以下が治療法です。
 「手足を多く刺し」は、頭の方にあがって行っている「気・血・水」を下してくる治療法です。
 「痞根」は背中から腰にかけて部位。この患者さんの場合は、右と左をくらべると、あきらかに知覚鈍麻やしびれの現している患側の「右側」の痞根が硬く、筋張っていました。
 このスジバリ・コリといったものが緩んでくると同時に、肩の関節の可動域の制限が無くなり、動くようになりました。
 「章門の辺」ですから上腹部のあたり、これも、この患者さんの場合は、左にくらべ皮膚が硬く張っていました。
 
 この方の肩の場合、肩関節は脳梗塞の後遺症による「動かしづらさ」というものはありましたが、肩そのものに問題が有ったわけではありませんので、早急に可動域が改善され、肩が動くようになりました。
 一般的に脳梗塞の後遺症の場合、後々まで麻痺などの症状が残る場合が多くあります。

 しかし、機能訓練やマッサージ、鍼灸治療などで、生活に支障が無いレベルまで、身体機能を向上させる可能性は十分あります。

 ぜひ、鍼・灸・マッサージ師にご相談ください。