五十肩(肩関節周囲炎)/喘息から来た五十肩

五十肩(肩関節周囲炎)
  (喘息から来た五十肩)

患者/50歳代後半。男性。体格は痩せ型。

主な症状(主訴)/五十肩。右肩。

症状(現病歴)/
  右腕が痛み、肩の高さから上に手が挙がらない。
  前方・後方・横方、すべて動かしにくい。
  鉄工所に勤務。毎日、重いものを持ち上げたり、運んだりしている。
  「定年が目前。どうしても最後まで勤めたい」と言って来院。「近所の人(患者さん)にすすめられた」と言う。

その他の持病など(既往歴)/
  「喘息」の持病があり、春と秋の季節の変わり目になると発作を起こす。
  そのため常に、近隣の内科で「吸入療法」をしていると言う。

家族歴/特筆すべき事項なし。

東洋医学的 四診(所見)

脈診/脈は全体に沈、患側の右の脈が健側の左よりやや沈んでいる。
舌診/なぜかカルテに記載が無い。特に異常を感じなかったのであろか? これだけお腹が冷えているのなら、舌の色が暗かったりするはずだが…?
腹診/胸部は、手を置くと奥の方で「ゼロゼロ」いっているのを感じるが、さほど強い「熱」は感じなかった。
   胃部(上カン穴~中カン穴のあたり)と両脇肋部に強い冷感。
   下の図には「寒」とだけ書いていますが、「寒」よりかは若干冷たくない感じ。手に感じる「ビリビリとする冷気」も、「寒」よりかは少しまし。
   左の腹部がやや全体に硬い印象を受ける。
触診/のどの奥のほうで痰がからんでいるような、「ゼロゼロ」という音がしている。

東洋医学的な概念的理解

 脈診と腹診から感じる印象は、「かなり冷えて、弱っているな~」という感じです。
 もちろん、体格も痩せ型で、「元気バリバリです!」という感じではない。

 おそらく、秋口に入り急に冷え込み、免疫力が低下し、「邪(この場合は寒邪)」」におかされ、肺の付近でくすぶっていた「毒(沈静化していた「毒」)」に「邪」が入り込み、毒性化が増大し、「邪気」をまき散らし、まき散らした「邪気」が肩に入り込み、肩関節周囲炎を発病したものと思われます。

西洋医学的な理解

 「五十肩」の西洋医学での正式名称は、「肩(ケン)関節周囲炎」です。
 肩関節周囲炎は、大きく分けて、滑液包炎と肩腱板炎に分けられます。

 『メルクマニュアル家庭版』の肩腱板炎の説明の所では、「腱板(肩関節で上腕を保持する筋肉と腱)の断裂と腫れを伴う状態をいいます」と書かれています。この患者さんの場合、ここに書かれているほどひどくないので、後者の滑液包炎でしょう。スポーツ外傷でもないですし。

 滑液包炎
 「滑液包は、関節にある少量の液体(滑液)を含んだ平らな袋で、皮膚、筋肉、腱、靭帯などと骨がすれる部分に位置し、まさつを減らす働きがあります。滑液包炎は滑液包の痛みを伴う炎症です。
 滑液包は、正常なら内部に非常に少量の液体を含んでいます。しかし、けがをしたり酷使されると、炎症を起こして中の滑液が増加します。
 滑液包炎では、無理な力が加わったり使い過ぎによって滑膜が刺激されて炎症が起こります。外傷、痛風、偽痛風、関節リウマチ、黄色ブドウ球菌による感染症などが原因でも起こりますが、原因はしばしば不明です。肩が最も起こりやすい部位ですが、ひじ、股関節(転子包炎)、骨盤、膝(ひざ)、つま先、かかと(アキレス腱滑液包炎(足の障害: アキレス腱滑液包炎を参照))にもよく炎症が起こります。」(以上、『メルクマニュアル家庭版』より引用。) 」

治療と経過

初診/某年10月後半。
 特に、手の陰経、陽経のツボの取り方、選び方が重要になってくる。これでほぼ、治療の「成否」が決まるといっても過言ではない。
 ちなみにこの患者さんの場合、右の尺沢(手の太陰肺経)の一針で、喘鳴がおさまる。
 また、上腹部の「寒」もちゃんと温めておかないと、一時的に治っても、また痛みがぶり返す可能性が高い。
 ここはお灸の力を借りる。

治療直後(感想等)/
 「喘息の方をちゃんと治さないと、この肩の痛みは治らないよ」と言う私に、患者さんは少々不審をいだきつつも、肩が少し楽になったので、帰宅して行った。

第二診/初診の3日後に来院。
 治療室に入ってくるなり、「ほとんど、痛みない」と、バンザイしながら登場。
 しかし、まだ右腕が、完全に上がるわけではなかったので、第一診と同じ治療をする。

第三診/初診の1週間後に来院。
 気をつけて観察をしてみると、「やや右腕が、上がっていないのかな~」と、思う程度にまで回復。
 約170度まで回復。
 ここまで劇的に治るのは珍しい。
 治療は「第一診」に同じ。

第四診/初診の2週間後に来院。
 「五十肩、楽になったと思ったら、呼吸もしやすなってるわ~」とのこと。
 そりゃそうだ。喘息の治療がメインだから…。
 治療は「第一診」に同じ。

第五診/初診の3週間後に来院。
 ほとんど肩の症状が落ちついたので、「喘息」の治療にメインにする。
 発作様の咳き込みが時々起こるが、「以前ほどつらくなくなった」とのこと。

感想

 この患者さんは持病に、「喘息」を持っています。春と秋の季節の変わり目になると発作を起こします。そのため平素から、近隣の内科で、「吸入療法」をしています。
 肩関節の症状を聞いている間も、のどの奥のほうで痰がからんでいるような、「ゼロゼロ」という音がしています。もちろん、胸に手をおいても感じる。

 「『五十肩』を治すより、『喘息』を治すほうが先やで」と、患者さんに言いつつ、治療しました。

 この患者さんの「五十肩」は、鉄工所に勤務されていて、肩を酷使していると云う理由ももちろんありますが、それだけではなく、「喘息」が悪さをしているようです。
 喘息等の慢性的な呼吸器の疾患にかかっていたりすると、肺臓等の呼吸器系に過剰な負担がかかります。この負担により、肺臓に近い部位(肩や背中)が硬くなり、「肩こり」や「五十肩」などがひきおこされやすくなります。
 このような「素因」があるところに、「寒邪」に侵入され、このような症状を発症しました。

 治療のポイントは上でも書きましたが、「手の陰経、陽経のツボの取り方、選び方」です。
 なるべく患部から離れたツボを選び、邪気を引き、抜きます。
 痛みの強い右肩は軽く、「邪気」を散ずる程度に。
 患側と反対の左の肩、特に肩甲骨の付近のコリにめがけて、重点的に鍼をする。
 しかし、患者さんがつらい思いをしているので、肩の痛みが強い場合は、五十肩の治療を「主」、喘息治療を「従」で治療する。

 五十肩は「長い人で3年。短い人でも一冬越す」と言われています。
 また、右肩やったら左、左肩やたら右という風に、交互に痛みが現れるなど、なかなか厄介なものです。
 なぜ交互に痛みが現れるのか? それは、ちゃんと、腹部の「寒」を温めてやっていないからです。