強烈な孤独感を主訴とする症例。  「3往復メール」で心が救われた症例。

強烈な孤独感を主訴とする症例。
  「3往復メール」で心が救われた症例。

患者/50歳代・男性。

主な症状(主訴)/
 強烈な肩のこり感と頭重、たえがたい眼精疲労(目の奥が重くて痛い)
 強烈な孤独感。

症状(現病歴)/
 いつもは肩こり・肩背部痛で来院の患者さん。
 妻から突然、「別居」を提案される。
 詳しい内容は書けないが、奥さんは「別居」を提案した後すぐに、中学生の娘さんを連れ、奥さんの実家に身を寄せる。
 旦那さんから何度も話し合いを申し入れたが、奥さんは「別れて欲しい」の一点張りで、話し合いすら持てない。
 来院日は、強烈な肩のこり感と頭重、たえがたい眼精疲労(目の奥が重くて痛い)を訴えて来院。

その他の持病など(既往歴)/
 特筆すべき事項なし。

家族歴/
 特筆すべき事項なし。

東洋医学的 四診(所見)
 脈診/沈・遅脈。
 舌診/舌が細い印象を受けるが、いつも細いので、それほど気にならない。
    舌体の色は薄く、やや薄く白苔を見るが、いつもどおり。
 腹診/胸の気の結(むす)ぼれがひどく、どんよりしている。
    下焦の虚もあるが、これはいつもどおり。
 触診/ストレス反応が顕著。

東洋医学的な概念的理解(診断)
 脈診では、沈・遅脈。「脈沈遅」となると、『傷寒論』の太陰病を思い出す。太陰病の特徴は、陰の性質を強くあらわしはじめるものの、陽の性質もまだ残る症状。しかし、この方の場合は、「陰の性質を強くあらわす」というよりも、全体的な元気というか、精気が抜けた感じ。
 体型はやせ形で、いつもパワフルな脈ではないが、この日はそれにも増して元気がない脈。
 舌診では、 舌が細くて元気が無い印象を受けるが、いつも細いので、それほど気にならない。
 腹診では、 胸の気の結(むす)ぼれがひどく、どんよりしている。答の出ない悩みを抱えている事を示している。
 妻が出て行った理由も何も分からない状態では、答えなど出しようが無い。どんよりしていない方がおかしい…。
 触診では、手の少陰心経上のラインのストレス反応が顕著。反応が出まくり。
 これも、しょうがないか・・・。

西洋医学的な理解
 この様な場合、西洋医学では、どのように対応するのであろうか…?
 症状がきつければ、「抗うつ剤」とかの処方でしょうか??

治療と経過

初診/某年七月中旬。
 いつもは肩こり、肩背部痛で来院の患者さんであるので、新たな症状で来院したこの日を初診日と定める。
 基本的な治療計画は、「強烈な肩のこり感」も、「頭重」も、「たえがたい眼精疲労」も、奥さんが出て行った事によるストレスによるものなので、それに対応する鍼をする事。

 鍼灸の治療点として、目をつけるべきポイントは…
  ①手の少陰心経上のラインのストレス反応。
  ②胸の気のむすぼれ。
  ③胸に対応する背中の反応点(私がよく、「胃の裏」を言っているところ)。

治療直後(感想等)
 治療直後、肩こり、頭重、目の痛みは、「ほぼ100%無くなった」と言う。

 旦那さんは、奥さんが実家に身を寄せてから、「日に何度も電話やメールを入れているが、電話に出ないしメールも帰って来ない」と言う。電話やメールは効果が無いようなので、「手紙を書いてみてはどうか?」とアドバイスをする。

 当日の夜、患者さんから、「肩のこりや目の奥の痛みが取れ、ずいぶん楽になりました。しかし、孤独感がとれず、眠れません。3往復だけで良いので、メールのやりとりをしていただけませんか?」とメールが来る。
 一瞬、「おっさん同士でメール!?」と躊躇する気持ちもわいたが、押しつぶされそうな孤独感をかかえた患者さんをほっておくわけにもいかず、「寝る前に、3往復だけ」という条件でメールのやり取りを始める。

第二診/初診の一週間後に来院。
 強烈な肩こりとたえがたい眼精疲労はなくなる。頭重感は残るものの、先週の3~4割程度に減じる。
 治療計画は「第一診」に同じ。

第三診/第二診の一週間後に来院。
 奥さんから旦那さんの携帯に電話があり、「もう少し落ち着いたら、話し合いたい」と連絡がある。
 旦那さんから、「先生の言う通りに電話をやめ手紙にしたら、連絡がありました」と感謝される。

 ただ、「妻の意思は強そうな雰囲気だった」と旦那さん。
 長年連れ添っただけに、電話しただけで相手の気持ちが分かる…。
 解り合えるんだったら、分かれなきゃ良いのに…。
 治療計画は「第一診」に同じ。

第四診/第三診の一週間後に来院。
 治療計画は「第一診」に同じ。

 この後、だいたい週一回のペースで来院、治療する。
 第13診(初診日から約3カ月後)を過ぎた頃、中学生の娘さんとメールが出来るようになり、私との「寝る前に3往復だけ」のメール交換の必要も無くなる。
 その後、1ヶ月に1回か2ヶ月に1回、仕事が忙しくなると来院する程度となる。
 主訴であった、強烈な肩のこり感と頭重、たえがたい眼精疲労と強烈な孤独感がなくなったので、一応、「治癒」としてカルテを閉じた。

感想(考察)

 まず、私がこの患者さんの症例を紹介したのは、「けっして鍼灸だけが治療手段ではない」ということを知ってもらいたかったからです。
 たしかに、主訴であった「強烈な肩のこり感」、「頭重」、「たえがたい眼精疲労」、「強烈な孤独感」は、鍼灸の治療で症状が和(やわ)らぎます。それは確かです。
 しかし、この患者さんの「いやし」となったのは、私との「寝る前の3往復メール」だったと思われます。

 「3往復メール」は、何かこちらからアドバイスするわけでもなく、「今日は仙台に出張でした」とか、「最近の若い者の発想にはついて行けません」とかいう患者さんの愚痴や報告を、ただただ、「そうですか…」、「大変でしたね」と聞くだけです。
 はたから見れば、おっさん同士で「何をやってるんだ?」と滑稽にもみえますが、本人はいたってマジメです。
 「いやし」とか「魂の救済」とまでは言わないまでも、「救い」や「心にぽっかり空いた穴を埋める」役には立ったと思われます。
 
※ なお、この症例報告は、患者さん本人に内容を確認してもらったうえで、Web上で発表しています。