まずは、「全力で、あなたを救いますよ」という姿勢が大切です。
治療は「こころ」をみっつの要素に分け、それに合った治療を施しましょう。
まず、うつ病、またはうつ的な傾向を患者さんが訴える場合、鍼灸師であるあなたに、取ってほしい態度があります。
それは、「全力で、あなたを救いますよ」という姿勢です。
鍼灸師にもプライベートがあります。
個人的な時間も必要です。
しかし、「24時間・365日、全力で、あなたを救いますよ」という姿勢を見せてほしい。
これは、自分が患者さんの立場に立った時に、出て来る発想です。
物理的に無理でも、姿勢はそうありたいと私は思っています。
だから、うつ病・うつ的な症状を訴える患者さんとは、必ず、LINEのIDを交換しています。
「24時間・365日、いつでも良いので、不安な時、さみしい時、こころが落ち着かない時は、LINEをしてきてください」と伝えています。
こう言ってもらえるだけで、どれほど患者さんのこころがやすまるか、想像してください。
もちろん、寝ているときは、LINEの返事ができませんが…。(笑)
さて、治し方を説明します。
「こころ」を三つの要素でなりたっていると仮定します。
ひとつは、「トラウマやネグレクトの経験など、過去の記憶やそれまでの成長過程で築いてきた考え方」など、いわゆる『ココロ』の側面。
ふたつは、「臓器としての脳」の側面。
みっつは、「身体からの影響」の側面です。
ひとつ目の「ココロ」の側面については、説明はいりませんね。
みなさんも、日々の臨床の中で強く感じておられると思います。
私の治療院では、ほぼ一〇〇%の患者さんが、何らかの「ココロ」の不調をかかえています。
親との関係に悩んでいたり、学生のころ酷いいじめを受けていたり…。
それらの経験が、現在ただ今のこころの不調に関係しています。
もちろん、初めからすべてを語ってくれる患者さんは皆無です。
身体の治療をしていく中で、信頼を勝ち取り、患者さんのごく普通の何気ない会話から「違和感」を感じ取り、話を深くしていくことで初めて、「先生、実は・・・」とぽつりぽつり話し始めます。
患者さんの身体面だけではなく、精神面も救いたいと願う鍼灸師には、治療技術はもちろん、患者さんを丸ごととらえ・感じられる力と、患者さんが話し始めるまで待つ忍耐力が必要です。
ふたつ目の「臓器としての脳」の側面ですが、これは案外、見落としている場合が多いのではないでしょうか?
しかし、脳も臓器です。
疲れて動きが悪くなったり、逆に、過剰に働きすぎて、混乱を起こしたり…。
患者さんの中には、「あなたのかかえている『こころ』のトラブルは、『こころ』の問題じゃなくて、脳がパニック起こしているだけですよ。鍼で静めてあげますから、安心してください」と言うだけで、深く納得し、安心する患者さんがたくさんいます。
「脳」なら「脳が問題だ」と言ってあげましょう。
みっつ目の「身体からの影響」の側面ですが、これも我々の専門分野です。
よく知っていることです。
一例を言うと、「カゼを引いた時の心細さ」なんかが分かりやすい例です。
「身体が冷えて来て、動きが悪くなると、気分が沈んでくる」というのも、その例です。
もちろん、この三つの側面は、複合的に複雑に影響しあっています。
治療で大切な事は、ココロ・脳・身体の三つのうち、何が一番、いま治すべきものなのかを理解することが大切です。
では、どうやって診察するのでしょうか。
ひとつ目の「ココロ」については、以下の三つで診察します。
「ココロ」の診察点の一つ目は、「手の少陰心経」を含む手の陰経です。
経絡を走行に沿って手を滑らせるだけで、異常が有れば反応しています。
これは私の感覚的なモノで、統計を取ったわけではありませんが、手の少陰心経にあらわれてくるのは比較的新しいストレスじゃないかと思っています。
ストレスを受けた直後から三~四日。
それ以後になり、身体まで影響が表れてくると、「手の厥陰心包経」にも反応があらわれてくると感じています。
手の要穴への刺鍼は、詳述を省きます。
みなさんが日ごろからやられている事と同じです。
「ココロ」の診察点の二つ目は、背中の肩甲骨の間。
いわゆる「胃の裏」と言われる部分で、経穴で言うと心兪(七-十四)と心兪の上(厥陰兪)と心兪の下(第六・第七胸椎棘突起間の外方一寸五分)あたりを診ます。
この部分に太いコリなどが診られると、ストレス反応とみています。
また、同じく「胃の裏」に細い針金のような筋がピーンとはっていることが有ります。
これは、多くの場合、トラウマなどの古いストレスの反応だと思われます。
この反応が出た患者さんに、「トラウマなどありませんか?」と聞くと、約五割の患者さんが「あります」と答えます。
五割だと低いと思われるかしれませんが、治療が進むにつれ、信頼関係が築かれてくると、「実は、先生…」と話し始めます。
あとから分かったぶんも含めると、八~九割くらいの確率じゃないかと思います。
この「胃の裏」のコリや針金のようなスジバリを緩めてやるだけで、呼吸が楽になり、胸が開き、『ココロ』が楽になります。
しかし、トラウマなどの古いストレスがあったとしても、患者さんは当時のストレスを認識していない、または認識したくないという状態かもしれませんので、患者さんに質問する場合などは注意が必要です。
「ココロ」の診察点の三つ目は胸部です。
日本語の慣用句に、胸にぽっかり穴があく、言葉が胸に突き刺さる、胸騒ぎがする、胸が押しつぶされる…など、胸部と精神状態を現した言葉がたくさんあります。
じっさい、患者さんの胸にそっと手を当ててください。
その通りになっています。胸にぽっかり穴が開いている人の胸は、冷たく、腕が吸い込まれるよな、穴が開いています。
穴がぽっかり開いている人は、穴を埋めてあげましょう。
ざわついている人には、散鍼をするだけでも、胸と『ココロ』が軽くなるものです。
診断のふたつ目は、「脳」です。
「脳」については、頭を触ればわかります。
とくに、前頭葉のあたり(おでこ付近)で「ワーワー」言うてます。
私はこの「ワーワー」を患者さんには、「パルスの異常だ」と説明しています。
脳は電気信号で情報をやり取りしています。
この電気信号が過剰になっているイメージです。
「ワーワー」いう感じと同時に感じる熱量も、重要な情報です。
「ワーワー」言うている場合は、治まるように(瀉)、熱がある場合は、熱を取るように治療します。
診断の三つめは、「身体」です。
「身体」については、脈診・舌診・腹診で診ます。
身体の診断・治療については、説明を省きます。
詳しく話を聞き、診察してあげて下さい。
このココロ・脳・身体のすべてを合わせて、人の「心」が形成されているのだと考えています。
なので治療としては、「今日のこの患者さん、脳のパルスが乱れてるな~」と思えば、前頭部やそれに連なる経絡を選べば良いです。
また、「わっ、身体が冷えてるな~」と思えば、身体を温める治療をすれば良いですし、「今日は悩みをとことん聴く日だな」と思えば、治療を早めに終わらせ、話を聞けばいいのです。
ここで蛇足的に話しておきますが、よく、「どんなアドバイスをすれば良いか分かりません」という声をよく聞きます。
しかし、「上手いこと言ってやろう」とか、「的確なアドバイスをしてやろう」なんて考える必要はありません。
そんな『事前に用意していた言葉』なんて、本気で悩み、苦しんでいる人にとって、何の役にも立ちません。
『聞きかじった程度の禅語』をならべられても、何の救いにもなりません。
じゃーどうするのか?
本気で患者さんの話を聞き、患者さんを理解し、自分の人生を総動員して、ワキに嫌な汗をかきながら、必死こいて脳みそからひねり出した「言葉」を伝えるしかありません。
その必死さが、患者さんに伝わります。
カウンセリングについては、河合隼雄(かわいはやお)さんの『カウンセリング入門』をぜひお読みください。
この本には大切な事がたくさん書いてありますが、私が一番感銘を受けたのは、「患者さんと一緒に地獄に落ちなさい」という言葉です。
うつ病で地獄のような苦しみの中で必死であえいでいる患者さんの地獄に一緒に落ち、一緒に悩み、苦しみ、もがき、そこから徐々に自分の力で立ち上がる患者さんを支え、地獄から這い上がるまで付き合うのが大切なことです。
一緒に地獄に落ちる覚悟も無いのに、上の方から糸をたらして「上がって来いよ~」と声をかけるような治療・カウセリングは、必死に悩み、苦しんでいる人には、何の役にも立ちません。
そんな鍼灸師は、地獄に落ちろと、私は言いたい。