腰痛(出産後の「虚・寒」からくる腰痛)
患者
M・K様。30才台中ごろ。女性。
主な症状
腰痛。
症状
一昨日、仕事先のスーパーで、大量の卵の入ったケースを持ち上げたところ、「グギッ」という音がした。
「しまった!」と思ったが、あとの祭り。
昨日は腰の痛みで仕事を休み、本日は「だるい、重い、痛い」に耐え切れず、仕事を抜け出して来院してきた。
初診から二日後に、近隣総合病院で、MRI検査。「L4-L5間の椎間板ヘルニア」との診断を受ける。
出産して一年。毎月定期的に生理は来るが、半月ほどダラダラ続く。出産は帝王切開。
婦人科では「子宮その他には異常なし」との診断は受ける。
ストレスの多い職場らしく、いつもイライラしている。
その他
花粉症あり。「最近食欲がない」との事。
東洋医学的 四診
脈診/脈管がグジュグジュしていて、よく分からない。
舌診/舌体は普通。たしかに、良い色ではないが…。
舌苔/黄苔。
裏面に、オ血の反応。
腹診/「ストレスの多い職場」と言う割に、胸のザワザワ感が無い。なぜだ?
胸脇苦満あり。左<右。
右の胸脇部には少し邪熱あり。
下焦の「虚」と「寒」が顕著。
帝王切開の手術痕あり。
触診/腰部は痛めたすぐなので、どこが悪いのか分からないくらい、全体的に熱を持っている。
注意してみれば、たしかに、L4-L5間付近に「熱」がある事はわかるが、きつい邪気は感じない。
とにかく、全体的に熱を持っている。
東洋医学的な概念的理解
脈診は、正直、ぐちゃぐちゃしていて良く分かりませんでした。
病が表に出たり、奥に沈んだりしている時に、こういう脈になることが多い。
湯液でいうと、太陽病と少陽病の合病の時や、鍼灸では、陰病と陽病が混在している状態が予想される。
舌診では、病が奥深くまで侵入している事が分かります。
「黄苔」は湯液でいう陽明病の特徴の一つですが、腹診の情報からは、そこまでは行っていないと考えられます(少陽位)。
オ血も示唆しています。
腹診では、胸脇苦満が顕著です。
特に右胸脇部には、少し熱も持っています。それほどきつくはありませんが、邪熱です。
下焦は、帝王切開の手術痕を中心に、「虚」と「寒」がきつく存在します。
おそらくこの「虚」と「寒」が、腰痛の直接的な原因では無いかと判断しました。
しかし、「ストレスの多い職場」と言う割に、胸のザワザワ感が無く、手の少陰心経上にもストレス反応がありません。
これはおそらく、ストレスの根本的な原因が、「外的」なものではなく、「内的」なものから来ているためだと思われます。
以下、簡単な図を書いておきました。ご参考下さい。
上の図をご覧ください。
左の図は、一般的なストレス性の諸症状の発病プロセスです。右の図は、この患者さんの「ストレス」からくる諸症状の発病プロセスです。
一般的に、人はストレスを受けると、そのストレスの強弱はあるものの、最終的には胸のあたりでモヤモヤ、「あーでもない、こーでもない」と考え悩みます。
やがてそのモヤモヤが胸のあたりで巣を作って定住し、様々な症状を引き起こします(左の図参照)。
しかしこの患者さんの場合は、一般的なルートとは違います。(右図参照)
帝王切開の手術→ 子宮の機能の低下→ 「(東洋医学的な)肝」に影響をあたえ→ イライラなどの精神症状を起こす→ そこにプラスして職場でのストレスがかかる→ 余計にイライラする →諸症状を引き起こす…。
というメカニズムです(右の図を参照)。
もちろん、下焦の「虚」と「寒」の影響で、直接痛みが出ているという可能性もあります。
また、ただ物理的ヘルニアが出ているので痛んでいるという可能性もあります。
どちらにせよ、急性腰痛は、完全に痛みをとらずに、少し残しておいた方が良いようです(詳しくは、「急性腰痛を『治してしまった』症例」をご覧ください)。
治療と経過
初診(某年 2月27日)
治療は「法」に従う。
手の陰経・陽経は、「花粉症」を考慮して、太陰肺経と陽明大腸経を使う。
下焦の「虚・寒」に、補い温める鍼。しばらくすると、グルグルとお腹が鳴りだす。
腰部は痛めたすぐなので、軽く流す程度にとどめ、足に引く。
電話のみ(3月1日)
初診から2日後に電話がかかってきて、「T病院で、MRI検査をしたら、『L4-L5間の椎間板ヘルニア』と診断」された」との事。
腰の状態を聞くと、「ものすごく楽」と言う。
「椎間板は出たままなのに、痛みは無いくなるんですね」と不思議がられていた。
第二診(3月6日)
「痛みはほとんどない」と言う。
治療は「第一診」に同じ。
念のため、「来週、もう一回来て下さいね」と言ったが、たった二回の治療で痛みがほとんどなくなったので、来院しなくなりました。
職場は近所のスーパーだったので、二週間ほどのちにのぞいてみると、元気に働いておられました。
「ほら、先生! 卵のケースも持てるよ」と、大量の卵の入ったケースを持ち上げて見せた。
感想
この患者さんは、近隣総合病院でMRI検査をしたところ、「L4-L5間の椎間板ヘルニア」との診断を受けました。
しかしながら、MRI検査を受けた時点では、すでに、痛みがほとんどなくなっていました。
これは、何を現しているでしょうか?
椎間板ヘルニア由来の腰痛や坐骨神経痛は、ヘルニアの出る量や角度によって痛みが出たり出なかったりするというのが、一般的な認識というか、「常識」です。
しかし実際の臨床では、ヘルニアが画像上重症である事と、痛みの軽重には、ある程度の関連性はあるものの、「一対一」もしくは「一〇〇%の関連性」というものは無いという事です。
もちろん、基本的に、ヘルニアが重症なら腰痛やその他の症状もきつくなる傾向があります。
しかし、ヘルニアがそれほど出ていないにもかかわらず、痛みが激烈な方もいますし、画像上は立っているのが不思議なくらい腰椎の並び方もヘルニアも悪いのに、日常生活に何の支障もない方もいます。
実は、ヘルニアの出ている量や角度なども、痛みに影響しますが、周りで骨を支えている筋肉の硬さや軟らかさ、靭帯の硬軟、その他もろもろの要因によって、痛みがきつく出たり、それほどでも無かったりします。
だから、ヘルニアが出たままにもかかわらず、鍼灸で痛みが無くなったり、ましになったりします。
いつも、「腰がラクになっても、椎間板は出たままやと思うから、痛みが無くなっても、しばらく続けて来て下さいね」と言っていますが、たいがいの患者さんは、痛みが無くなると「治った」と勘違いし、来なくなります。
この患者さんもそうでした。(笑)
※ おなかがグルグル鳴りだしたので、この患者さんの場合は鍼のみで、次の手技に移りましたが、虚・寒がひつこい場合は、お灸など、何らかの温める手技が必要になります。