胸の痛み(十二指腸潰瘍から続発した肋軟骨炎の症例)
患者
T・S様。40歳代中頃。女性。
主な症状(主訴)
胸の痛み。
症状(現病歴)
胸全体が痛む。
圧痛は右胸が強いが、咳などでは胸全体が痛む。
近隣整形外科を受診。「右・肋軟骨炎」との診断がおりる。
その他の持病など(既往歴)
二週間前に、十二指腸潰瘍を発症。「薬で抑えた」と言う。
一週間前に、「風邪を引いた」と言う。
家族歴
特筆すべき事項なし。
東洋医学的 四診(所見)
脈診/脈は沈んでいてやや遅い印象。
右の寸口部を浮かして行って、脈が無くなる寸前に、「ぴょこたん、ぴょこたん」という感じの脈をふれる。
舌診/舌体の色は薄い。
舌苔は無い。
やや水っぽい印象を受ける。
歯痕もじゃっかん診られる。
腹診/右胸部に圧痛と激しくは無いが、熱感がある。
壇中穴付近の気持ち悪さ。
心下がかなり冷えていて(寒)、硬い。
心下の圧痛もある。
下焦の「冷え」と「虚」。
触診/足の陽明胃経上に熱感と足三里穴付近に圧痛。
東洋医学的な概念的理解(診断)
脈診では、脈は沈・遅で、やや陰病に入っている感じがするが、胸の痛みが強いので、まるっきり陰病と言うわけでもない。
本当に「風邪」を引いたのなら、脈は浮で速くなる(脈浮数)。
右の寸口部を浮かして行って、脈が無くなるか無くならないか、ギリギリのところで、「ぴょこたん、ぴょこたん」という感じで脈が触れるのは、右胸の痛み(邪熱)の影響か、いわゆる湯液でいう「表位」の熱によるものだろうと感じた。
舌診では、舌体の色は薄く、舌苔が無いのも、病の主体が「熱」ではない感じを受ける。
舌がやや水っぽい印象を受けるのは、十二指腸潰瘍を患った影響で、胃腸の状態が悪く、水をさばききれないなど、「水毒」の影響がある事が分かる。
腹診では、右胸部に圧痛と激しくは無いが熱感を認める。
これが患者さんの主訴なので取ってやりたい。
壇中穴付近の気持ち悪さは、十二指腸潰瘍の関係であろう。
心下(上腹部)がかなり冷えていて(「寒」の状態)、硬い。圧痛もある。
これを温め、硬さが緩んだら、他の諸症状も半分以上とれでしょう。
下焦の「冷え」と「虚」も胸の痛みに影響しているだろうが、これは体質っぽい。ゆっくり治していければ良いかな。
触診で感じた、足の陽明胃経上の熱感と足三里穴付近の圧痛は、十二指腸潰瘍の関係であろう。
西洋医学的な理解
「肋軟骨炎(ろくなんこつえん)は、肋骨と胸骨との関節における肋軟骨の炎症性疾患である。原因不明であることが多い。」とwikiにありました。
治療と経過
初診/基本的な治療計画は、
①胸の痛みを取る。
②心下の冷え(「寒」)を温め、硬さを和らげる。
③その他の症状に対処する。
の3つです。詳しい刺方は、下記に記します。参考にしてください。
治療直後(感想等)
右胸の圧痛が取れ、軽く咳をしてもらったが、胸全体の激しい痛みが無くなっていた。
第二診/初診の一週間後に来院。
右胸の圧痛は取れていたが、胸全体の痛みは若干のこっていた。
治療計画は「第一診」に同じ。
第三診/第二診の一週間後に来院。
治療計画は「第一診」に同じ。
第四診/第三診の一週間後に来院。
治療計画は「第一診」に同じ。
第五診/第四診の6日後に来院。
胸の痛みはほとんどなく、心下の冷えもかなり緩和していた。
治療計画は「第一診」に同じ。
第六診/第五診の8日後に来院。
治療計画は「第一診」に同じ。
第6診時に、「胸の痛みが無くなったので、治療を中止したい」との申し出があったので、了解をし、「治癒」としてカルテを閉じた。
感想(考察)
この患者さんの「病名」は「肋軟骨炎」ですが、なぜ、ここが痛み出したのかが重要なポイントです。
おそらくこの患者さん、何週間か前に免疫力が下がり、「風邪」を引きました。
「邪」が胃・腸まで内攻し、これに炎症を起こさせ、十二指腸潰瘍になりました。
しかしその炎症を、西洋薬で押さえこんでしまったっため、十二指腸潰瘍の症状は抑えられましたが、行き場を失った「邪」がいったんは「外」に向かっていき「風邪」の引いた様な症状をあらわし、次に再び内攻し、胸で激しい痛みを引き起こした…、と考えられます。
本当は、「風邪を引いた」のではなく、「風邪をぶり返した」のですね。
治療により、胸の邪熱がとれ、心下の「寒」が温まって来たので、胸の痛みが取れたわけです。
以下、専門的になりますので、読まなくて良いです。
横田観風著『新版 鍼道発秘講義』の「胸痛」の章に、下記に図が載っています。
「まったく同じ」というわけではありませんが、この患者さんとよく似ています。
心下(上腹部)に「寒」があり、胸に痛みがあります。
治療法としては、『是れは、痞根(ひこん)、章門の辺(あたり)を、深く刺して、其の鍼を撚(ひね)り、又、手足へ気を引くべし。或は肩、背中、項(うなじ)を軽(かろ)く刺すべし。必ず癒(い)ゆるなり。』とあります。
「痞根」は背中のツボで、足の太陽膀胱経の志室穴付近のツボです。
「の辺(あたり)」ですから、その付近をさがします。
「章門」はお腹のツボで、足の厥陰肝経です。おへその外の方・
、その付近をさがしで、深く刺します。
「其の鍼をひねり」というのですから、少しきつめの手技ですね。
きつめでも、温めるのが目的ですので、乱暴にしては絶対いけません。
手足へ気を引く経絡の選択は、病の原因によって違います。
今回は、はじめに右の胸に圧痛がありましたので、右手のツボへの手技が重要です。
足の陽明胃経上に熱感と圧痛があるのですから、ここが重要な治療ポイントになります。
「或は肩、背中、項(うなじ)を軽(かろ)く刺すべし。必ず癒(い)ゆるなり。」は、体表面の邪熱を取る作業です。これをしておかないと、また「風邪(かぜ)」のような症状が出て、邪が内攻し、痛みのあった胸や十二指腸などはもちろん、胃・腸などの臓器へ、あらたな症状が現れることになります。
